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宝暦治水

 輪中地域ではたびたびの洪水に見舞われました。 洪水によって多量の土砂が運ばれてくるのはいいのですが、水害はできる限り少ないほうがよいので 、昔から洪水を少なくするために小さい輪中をいくつかまとめて大きな輪中にしたり、川の中に沈礁(ちんしょう)と 呼ばれる川の流れを緩やかにするための障害物を置いたりしました。 しかし、洪水を少なくするためには川の流れを大きく変えなければ成功しません。その一番最初の大きな治水工事が、鹿児島藩による宝暦の治水工事でした。 この工事によりたくさんの犠牲者が出ましたが、特に木曽三川下流部では大きな成果はありませんで した。
260年ほど前の長島の地図
260年ほど前の長島
 今から260年ほど前の木曽三川下流の古い地図 です。 今のように木曽川・長良川・揖斐川が分かれて流 れてはいませんでした。このため度々洪水があり ましたが、この地図の上流部では海に一番近くに ある大きな島のために、川の流れが悪くなり、輪中 内にたまった水が排水できなくなりました。 この島を取り除くこともこの工事の大きな目的でし た。 (画像をクリックすると拡大します。)
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